2018/05/22 

贈り物の深い意味

16fs231 板谷友貴




私は052の『贈り物の深い意味』を選択した。

贈り物には深い意味がある。例えば靴下などは下という文字が入っているため、上司に送ってはいけないということや、鉢植えなどは根がつくことから病院に根付く、病気が根付くなどと連想されるためお見舞いなどには不向きであることなどである。

私は現代日本の背景として、贈り物をされればそれを必ず受け取らなければならない風潮があることや、そして義務でないのにも関わらず、返礼としてそれと同等、若しくはそれ以上の価値のものを贈らなければならないということが現代の背景であり、なおかつ問題であると考えている。

  義務でもないのに返礼を強制される風潮について、バレンタインを例にとって考えてみようと思う。

これは男性ならほぼ全員心当たりがあると思うのだが、ほとんどの方はお返しに毎回頭を悩ませているのではないだろうか。正直、友チョコや義理チョコに関しては相手も返礼を期待していないとは思うのだが、それでも返礼をするのが常識となっている。

私がバレンタインに対して問題だと考えるのは循環するという点である。

これは「好意の連鎖ではなく、贈与の提供と返礼との義務がおりなす循環である。(フシギなくらい見えてくる!本当にわかる社会学P.125 L.6~7より抜粋)」という文章にもあるように義務感により循環するという、言わば悪しき循環であると言える。

マルセル・モースも著書『贈与論』の中で義務としての贈与について触れており、原始時代のアメリカやポリネシアメラネシアでは義務としての贈与の最も純粋な形がポトラッチと呼ばれている。ポトラッチの本質とは大きく3つに分けられており、返礼の義務、受け取る義務、贈与する義務である。

特に贈与する義務に関してだが、贈与しないことは礼儀に反する行為であり、部族のメンツは丸つぶれになってしまう。

当時の社会では、贈り物には魂が宿っており、お返しをしなければ呪い殺されるという風に考えられていた。そのため人々は贈与に対して返礼をするのだ。

私は、原始時代から贈与する文化、返礼する文化が生まれていたということに驚いた。それと同時に現代の贈り物文化と比較して特に大きな変更点がないことから、贈り物文化は大きな変化がなく長い時代を移ろって来たのだなと感じた。

私自身の所感としては、バレンタインに関しては返礼を不要とする考え方が普及すれば良いのではないかと考える。これはお互いに義務感のみで贈与、受け取り、返礼をしているからだ。

だが、手土産や、誕生日のプレゼントなどは積極的にするべきだと思う。誕生日プレゼントや、お土産などはその先の人間関係を円滑に進めるためのツールとして有効に活用できるためである。

私は今回のテーマから、贈与とは義務によるところが大きいものの、人間関係を円滑にするツールとしても使えるものなので積極的に使用すべきものであると感じた。


参考文献



2010年 初版発行日本実業出版社 現代位相研究所編 フシギなくらい見えてくる!本当にわかる社会学


https://www.google.co.jp/amp/s/www.philosophyguides.org/amp/compact/mauss-don-super-compact-summary/